今日は東京都だけでなく、大阪や福岡でものコロナ感染者数が増加していて、日本国内全体で1日に1万8千人以上が感染したと報道されています。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置対策をとろうがとるまいが、爆発的に感染者が増加することは、東京オリンピック以前からわかっていたことです。いまさらすぐに止めようにも、そうは簡単にウイルスが退散するとは思えませんね。
このようなパンデミックが生じている時、あるいは大災害が発生しているとき、人間のこころはどんなに元気な人でも痛みますし弱まります。ステイホームが続くなかで、友達や仲間とワイワイおしゃべりして発散できない日常が続けば、普段なら悩んだりくよくよしたりしないような些細なことでも、イライラしたり落ち込んだりするのが人間というものです。インターネットやスマホで流れてくる情報が、どこまで正しくて信じてよいものなのかさえわからなくなり、不安が増すことだってあるでしょうし、仕事やアルバイトが減って、収入が安定しなければそれもまた不安材料になり、心配の種が増えてしまいます。
こんな大変な時だからこそ、「占い師」や「カウンセラー」「セラピスト」という「職業」を生業としている人たちは、自らの使命に再度しっかりと目覚め、己の職務を全うしなくてはいけないのだろうと思います。
時代を遡ってみれば「占い師」が社会や部族、地域共同体のなかで、とても大切で重要な役割りを担っていたのかがわかる文献や歴史書がたくさん見つかります。古代マヤ文明において「占い師」は「シャーマン」でもあり、癒しを施す「ヒーラー」でもありましたし、人々の苦しみや災いの大きさをみては天や暦をよみとき、王に神託を告げる予言者でもありました。人類が闇に飲み込まれる状況を予測し、足元を照らしながら光の道へとたどり着けるよう、神々の力を占いによって具現させたり、メッセージを伝えたりもしていました。
占いを生業・職業としているということは、目には見えない世界でのことや、信じる信じないという宗教に近いところでの抽象的な事象や象徴的な現象を自分なりに解釈し、読み解いて言語化して相手に伝えることで、本来「占い」という体系や神話がもっている神秘性や象徴が力となって、相手に一緒に伝わっていくのだと理解して行う行為なのです。それに対して対価を頂いているわけですね。
今、日本だけでなく、世界中でおこっているコロナウイルスパンデミックだからこそ、人々は「世の中の不条理」「現実世界の絶望」「高度消費社会の無意味さ」を再確認してしまいます。悲しんだり嘆いたりしても、社会も人も助けてはくれない。そんな不確定で未決定な現実を受けとめて、高いポテンシャルをもて!と言われても、それって現実的ではない話です。そういった厳しい日常が続くと、人は死を求めてしまうことがあるのも、歴史的に否めない人類のもう一つの普遍的真実です。
占いをするということは、今だからこそ大切な働きなのだろうと考えています。
もう一度自分のしていること、理解していることを再確認し、自分の口から出ていく言葉が相手の耳に、心に、魂にどう響いて伝わっていくのかを、少しでも愛ある気持ちで見守りながら、自戒の意味も込めて見張っていくことが大切なのではないか、と考えているこの頃です。