ヘルメス錬金術「偉大な作業」

中世の錬金術師は、横暴な神学による迫害から身を守るために、
根本的思想と哲学をキリスト教の用語で表現しようとしました。
「異端視」されることで、真実の言葉が迫害されることを恐れたのです。

「術」のもっとも偉大だとされる秘密は、エジプトやアラビアの達人から得たものでした。イスラム教徒にはヘルメスの秘密に熟練した者がいて、
偉大な知識を彼らから得ることができたといいます。

ここで忘れないでおくべきことは
「錬金術の教義や思想を『聖書』の象徴体系に出来うる限り関係づけることはあっても、あくまでも便宜上の対応である」
ということです。

錬金術もユダヤ神秘思想のカバラ主義も、ともに共通の目的を持っていて、魂は一つであるといいます。
何故ならそれは人間の再生という変容に究極の関心を向けていることから
推測されるのです。

存在の偉大な真実を見たものは、偉大な作業工程を追うことで、
その象徴に隠されている本来の姿を認識することができるといいます。

不器用な者の誤った見方を諷刺的に表現されているのを見抜くかのように、教えと教理が示すところの奥義を知ることが許されたものだけが
見つけることのできる恩寵に感謝するかのように、オプスを完成させるといいます。

それは、錬金術全体の作業を通じて変容の過程が体系的に配列されていることが認識できるからに他なりません。

錬金術の実験をおこなう弟子は、錬金術の偉大な作業は、人間の存在における変化を扱っているのであって、金の生成を扱っているのではないということを工程中認識しつつ作業をすすめていきます。

そして、第四の神秘的素子が混合された瞬間、心の隠された真実の具現化を達成し、金の生成過程からその神秘を読み取ることができるようになる、ということを導師から聞いて知っているからこそ、新しい創造への回帰である「黒の段階」、到来への希望である「新生」を耐え忍ぶことができるのだと思うのです。


ヘルメスの錬金術哲学の象徴する世界は、無意識の領域をめぐって
展開されています。


ヘルメス文書
と呼ばれる選集を紹介しておきましょう。

CH1 表題「ヘルメス・トリスメギストスなるポイマンドレース」
CH2 表題 (不明)
CH3 表題「ヘルメースの聖なる教え」
CH4 表題「ヘルメースからタトへ…クラテールあるいは一なる者」
CH5 表題「ヘルメースから子タトへ…不明なる神が最も鮮明なること」
CH6 表題「善は神のうちにのみあり、他にはどこにもないこと」
CH7 表題「神に対する無知が人間における最大の悪であること」
CH8 表題「存在するものは何一つ消滅しないのに、
       迷妄の輩は変化を消滅とか死とか呼んでいること」
CH9 表題「知性と感性について」
CH10 表題「ヘルメース・トリスメギストスの『鍵』」
CH11 表題「ヌースからヘルメースへ」
CH12 表題「ヘルメース・トリスメギストスからタトへ…普遍的ヌースについて」
CH13 表題「ヘルメース・トリスメギストスが山上で子タトに語った
        秘められた教え…再生と沈黙の誓いについて」
CH14 表題「ヘルメース・トリスメギストスからアスクレービオスへ…ご機嫌よう」
CH15 表題 欠番
CH16 表題「アンモーン王に宛てたアスクレービオスの解義
CH17 表題 欠番
CH18 表題「身体の受動の下に阻害されている魂について」

ヘルメス文書 荒井献・柴田有翻訳 朝日出版社(1980年) 参照